1年ほど前に、新しい小型カメラを買ったところ、撮影費無料サービス券(有効期限1年)をくれた。忘れていて、ぎりぎりになったので、家内に一緒に写真を撮ってもらおうか?とさそった。きっと断るだろうとおもっていたが、はりきってパーマに出かけた。
単なる写真好きの私にとっては、プロカメラマン(写真で飯を食っている人とする)の仕事はアマチュアとどう違うのかというところに興味がある。
一昔のアナログの時代は現像や焼付けなどの暗室技術では、プロアマの差は歴然としていたが、いまや暗室作業そのものがほとんど無くなり、カメラもパソコンも同じものを誰でも買えるようになり、アマでも機械とソフトがあればそれなりのことができるようになった。
極端にいえば、技術的な差は機械的には無くなり、人間力というか、経験による相手に喜んでもらえる写真とは何かを知っているかどうか、それを実際に撮れるかということの差になってきたのではないかと思う。もちろんこの差は大きくなかなか埋まらないのであるが。
このカメラ店はすこし前までは、カメラと部品販売といわゆるDPEだけであったが、改造して半分スタジオにした。当日、予約の時間より少し早めに出かけて、子供の撮影をしていたのを身近に見せてもらった。色々なポーズをして子供のご機嫌をとり、何とか笑顔にさせようとしているし、そのための小道具も色々準備されている。ご両親も一緒に声をかけている。ベストを尽くそうとしているため、時間が結構かかってしまう。
我々の時は、次の予約が押し迫っていたので時間をさほどかけずに済んだ。最高の顔を引き出してもらえなかった?が、無料券なら仕方がないのかもしれない。それだけでは申し訳ないと思い、追加写真を撮ってもらい有料にしてもらった。きちんと写ってはいるが、すこし表情が硬い。次々とこなしていかないといけないのだろうから、あまりかまっておれないのかもしれない。
アルバムか台紙に貼ってもらって、1時間3~5万円程度の売り上げになるようだから、もし8時間フルに仕事があれば利益は大きい。小型カメラ1台売っても何ぼにもならないと聴いているので、スタジオの方が利益率ははるかに良いのだろう。しかも、カメラ販売部門の人数に比べ、スタジオは若い女性がカメラマンを入れてたったの3人だ。
この店は、老舗の写真館のよさを取り入れ、今のところ成功しようとしている。しかしまだ、また行こうと思わせるほどの力がスタジオには不足しているように感じた。
もっとこうしたら良いのにと思うが、頼まれたわけでもでないから何も言えない。
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
2013年1月15日火曜日
2013年1月10日木曜日
存続するプロの写真館
5年前には、伏見一の繁華街である大手筋周辺には、少なくても5軒の写真屋・カメラ屋があったが、一昨年前から昨年にかけて1軒を除いてすべて店を閉めた。
廃業したところもありまた業種を変えたところもある。
フイルムからデジタル化の進捗が進んだこと等々が背景にあるのだろう。
また、すこし離れたところに全国チェーン店があるが、営業の母体はカメラや周辺の機器販売ではなく店の半分を使った子供中心の撮影コーナーに移ってしまっている。
今残っているのは古くからあるいわゆる写真館である。
入り口には、色々な記念写真などが一杯飾ってある。このような写真館は、例えば結婚式の写真を撮ってもらうと子供の誕生、七五三、入学式、子供の結婚式、親御さんの金婚式・・というようにライフサイクルそのものを撮りに来るリピート客を持っている。
通常のカメラ店のようなカメラ用品を販売しないが、此処一枚というような写真の技術を武器にしている。
ここでも、もはやフイルムを使用していない。従来の暗室技術は無くなり、デジタルソフトだけでより美しく見せるためのメーク、適切な衣装、コーディネート、そして究極のライティングが武器になっている。
しかし大事にしているのは、被写体になる人の気持ちを和ませ、笑顔などを引き出す力そのものであろうか。写真館に足を運ぶ人々は、写真を撮ってもらうことだけでなく、人生の折に触れてのふれあいを求めているように感じられる
これからのよい写真はこの辺のノウハウ次第だとさえ思われる。
よい写真とは何だろうか?
写真屋さんもある意味で技術者から、演出家というか、人間心理学研究家?になっていくようである。その点から見るとまだまだ進化できる気がする。
経営は楽でないだろうが頑張ってほしいものだ。
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
廃業したところもありまた業種を変えたところもある。
フイルムからデジタル化の進捗が進んだこと等々が背景にあるのだろう。
また、すこし離れたところに全国チェーン店があるが、営業の母体はカメラや周辺の機器販売ではなく店の半分を使った子供中心の撮影コーナーに移ってしまっている。
今残っているのは古くからあるいわゆる写真館である。
入り口には、色々な記念写真などが一杯飾ってある。このような写真館は、例えば結婚式の写真を撮ってもらうと子供の誕生、七五三、入学式、子供の結婚式、親御さんの金婚式・・というようにライフサイクルそのものを撮りに来るリピート客を持っている。
通常のカメラ店のようなカメラ用品を販売しないが、此処一枚というような写真の技術を武器にしている。
ここでも、もはやフイルムを使用していない。従来の暗室技術は無くなり、デジタルソフトだけでより美しく見せるためのメーク、適切な衣装、コーディネート、そして究極のライティングが武器になっている。
しかし大事にしているのは、被写体になる人の気持ちを和ませ、笑顔などを引き出す力そのものであろうか。写真館に足を運ぶ人々は、写真を撮ってもらうことだけでなく、人生の折に触れてのふれあいを求めているように感じられる
これからのよい写真はこの辺のノウハウ次第だとさえ思われる。
よい写真とは何だろうか?
写真屋さんもある意味で技術者から、演出家というか、人間心理学研究家?になっていくようである。その点から見るとまだまだ進化できる気がする。
経営は楽でないだろうが頑張ってほしいものだ。
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
2012年12月25日火曜日
植木屋さんに教えられる
我が家の小さい庭にある木蓮(紅白2本)と月桂樹などが伸びてきて、手に負えなくなってきたので、昨年から植木屋さんに来てもらうことにしている。
今までは自分で、家族の手伝いを頼りに切ってきたが、成長に追いつかなくなってきて、それも出来なくなった。
昨年から、来てもらっているのは、まだ若い(個人で営業している)植木屋さんである。
最初、すこし枝を切ってから、木をじっと見つめているので(それも10分以上も)
木の形を格好よく整えて欲しいのと、全体にもっと小さくしてほしい(今は高さ5~6m位まで伸びてしまっている)と注文をつけた。しかし、主となる幹と脇役的な枝とをきちんとしてほしいと言っても、なかなか動いてくれない。
彼がしばらくしてポツリと曰く、
「それも、宜しいのですが、あまり小さく切ると、木が傷んで枯れる。来年木蓮の花も咲かなくなる、好ましくは、だんだんと命を木の内部に貯めながら、全体に小さくしていくにはどうしたらいいのかと考えて(木と相談して)いる」のだと。
正直、感心した、後はお任せである。しばらくして「木との相談」が出来たのだろう、後は休むことなく仕事に入っていった。
もう大分前になるが、別の植木屋さん2人に任せたところ大きく刈り込まれ、次の年には何本かが枯れてしまったことがあった。
木を刈り込んで綺麗にしていくことは実際にはとても難しいのである。
リスクマネジメントを研究する会社 ㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
2012年12月17日月曜日
稲むらの火2(ソーシャル・リスク・マネジメント学会報告)
「稲むらの火」の話は安政の大津波のときのことであり、今からざっと160年前のことである。
今回の東日本大震災時の大津波やその前の明治の大津波でも、このような人の心をうってやまない話が多くあると思われるので、今後の事故防止(ソフトリスクコントロール対策)のいい例としてきちんと整理し、後世に伝えていかないといけない。
11月17日のソーシャル・リスクマネジメント学会で紹介された事例(関西大学 林准教授)報告があったので一部であるがご紹介したい。
まずは、東日本大震災の時、津波に襲われた岩手県釜石市立鵜住居小学校と宮城県石巻市立大川小学校の余りにも極端な比較であった。
前者は、学校にいた児童・生徒教職員約570名が全員無事であって、「釜石の奇跡」といわれ、それに反して後者は、児童の死亡・行方不明74人(108人中)、教職員の死亡・行方不明10名(11人中)という犠牲者を出し「大川小の悲劇」といわれている。
前者では、津波の襲来が見えたので全員でとにかく高台に避難した。
後者ではマニュアルどおり校庭に集合し、対応を検討していたが、津波が実際に見えなかったため避難が遅れ、またあわてて山に登ろうしたが雪で滑って登れなかったという。突き詰めれば津波が来たらとにかく急いで高い所に逃げるという原則が徹底されていたかどうかの差ということになる。
もう一つの事例は、2004年12月26日のスマトラ島沖地震・大津波の時に、プーケット島に遊びに来ていた、イギリス人少女ティリーちゃんの話。
津波が来る!と両親に伝え、海岸に遊んでいた人々をホテルに避難させ多くの命を救ったという。
彼女は海水が退くと10分後には津波が来ることを学校の防災教育で学んでいたので、その時すぐに対応することができたという。
イギリスでは、2002年にリスク教育を選択科目から必須科目(義務教育)に切り替えていた。
これは逸話である。
2005.1月、スマトラ島沖地震・大津波を受け、ジャカルタで東南アジア諸国連合緊急首脳会議が開かれた席上、シンガポールのリー・シェンロン首相が小泉純一郎首相(当時)に、「日本では小学校教科書に「稲むらの火」という話があって、子供の時から津波対策を教えているというが事実か?」と尋ねた。しかし、小泉氏は戦後世代なので、この話を知らなかった。東京の文部科学省に照会したが、誰も知らなかったという。(佐々淳行「ほんとに彼らが日本を滅ぼすp161)
私も学校で教えられた記憶は無い。おそらく日本人の大多数が、この状態に今もあるのだと思うと恐ろしい気がする。(2011年から再度教科書に取り入れられたそうだが。)
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
「稲むらの火」(ソフトリスクコントロールの必要性)
あまり知られていないが、11月5日は津波防災の日だそうだ。
これは、安政時代の南海大地震(1854.11.5)を忘れないようにと定められた。
昔は、このときのことを「稲むらの火」という話として小学校5年2学期の教科書で教えていた。(昭和12年から昭和22年まで)
しかし、その後学校でも教えなくなってしまったのはなぜだろうか。その結果、おそらく大部分の日本人は教育されていないはずだ。(調べてみたら、2011年より再び小学校の教科書に掲載されている由。東日本大震災の反省からであろうか。)
これは、和歌山県岩佐の醤油屋の創業者であった濱口儀兵衛氏が、津波来襲の恐怖に、逃げ道を失った人々のために束ねてあった自らの稲に火をかけて安全避難路を確保した話がモデルになっている。(これは史実である)
教科書では、中川常蔵氏とラフカディオ・ハーンの感動的な名文が尊重され、すこし異なる美談として書かれている。
村の高台に住む庄屋の五兵衛は、地震の揺れを感じたあと、海水が沖合いへ退いていくのを見て津波の来襲に気づく。祭の準備に心奪われている村人たちに危険をしらせるため、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)にたいまつで火をつけた。火事とみて消火のために高台に集まった村人たちの眼下で津波が猛威を振るう。五兵衛の機転と犠牲的精神によって村人たちはみな津波から守られた。(ウイキぺディアより引用)
東日本大震災から1年半余が経ち、次第に日本人の心の中からそのときの記憶が薄れ始めている。
今必要な、そして出来ることは、地震津波対策として、ソフト面での対策の強化である。
ハード面(防災設備強化など)だけでは災害を防ぎきることは難しいことが今回痛切に分かったのだ。
具体的には、小学校中学校といった子供たちに、防災、避難、助け合いなどをきちんと教えていくことである。(できれば戦後世代の大人たちにも)
今回の震災でも、他人を捨てて自分だけ逃げることが出来ず、結果として自分の命も失った人々の多くあったことが知られている。緊急時に逃げにくい人々(高齢者や病床の人など)をどうするかを含め、よく話し合い、まずは自助努力で自分を助ける仕組みの必要性を教えていくことであろう。こういうワークがソフトリスクコントロールということである。
(これらのお話は、11月17日ソーシャル・リスクマネジメント学会の報告を兼ね、専修大学上田先生、学会理事長戸出先生から報告された内容をベースに作成しました)
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
これは、安政時代の南海大地震(1854.11.5)を忘れないようにと定められた。
昔は、このときのことを「稲むらの火」という話として小学校5年2学期の教科書で教えていた。(昭和12年から昭和22年まで)
しかし、その後学校でも教えなくなってしまったのはなぜだろうか。その結果、おそらく大部分の日本人は教育されていないはずだ。(調べてみたら、2011年より再び小学校の教科書に掲載されている由。東日本大震災の反省からであろうか。)
これは、和歌山県岩佐の醤油屋の創業者であった濱口儀兵衛氏が、津波来襲の恐怖に、逃げ道を失った人々のために束ねてあった自らの稲に火をかけて安全避難路を確保した話がモデルになっている。(これは史実である)
教科書では、中川常蔵氏とラフカディオ・ハーンの感動的な名文が尊重され、すこし異なる美談として書かれている。
村の高台に住む庄屋の五兵衛は、地震の揺れを感じたあと、海水が沖合いへ退いていくのを見て津波の来襲に気づく。祭の準備に心奪われている村人たちに危険をしらせるため、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)にたいまつで火をつけた。火事とみて消火のために高台に集まった村人たちの眼下で津波が猛威を振るう。五兵衛の機転と犠牲的精神によって村人たちはみな津波から守られた。(ウイキぺディアより引用)
東日本大震災から1年半余が経ち、次第に日本人の心の中からそのときの記憶が薄れ始めている。
今必要な、そして出来ることは、地震津波対策として、ソフト面での対策の強化である。
ハード面(防災設備強化など)だけでは災害を防ぎきることは難しいことが今回痛切に分かったのだ。
具体的には、小学校中学校といった子供たちに、防災、避難、助け合いなどをきちんと教えていくことである。(できれば戦後世代の大人たちにも)
今回の震災でも、他人を捨てて自分だけ逃げることが出来ず、結果として自分の命も失った人々の多くあったことが知られている。緊急時に逃げにくい人々(高齢者や病床の人など)をどうするかを含め、よく話し合い、まずは自助努力で自分を助ける仕組みの必要性を教えていくことであろう。こういうワークがソフトリスクコントロールということである。
(これらのお話は、11月17日ソーシャル・リスクマネジメント学会の報告を兼ね、専修大学上田先生、学会理事長戸出先生から報告された内容をベースに作成しました)
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
2012年12月12日水曜日
チームワーク
One for all,All for One.
この言葉は、ラグビースピリットを表す言葉としてよく知られている。
(元々はアレクサンドル・デュマの名作「三銃士」に由来するという。)
ラグビーでは楕円型ボールを扱うので、落ちたボールはどちらに跳ねるのか分からないから面白い。上記の言葉はこのフォローに全員が無駄なく動いている状況を言うと私は思っている。
何のためかというと、チームの勝利のためである。All for OneのOneは個人のためというより一つの目的(すなわち勝利)という方がわかりやすい。(平尾誠二氏(元全日本監督)も同じことを言われていることを最近知った。)
勝利のためには、全員がボールのある状況を判断し、変化に対応出来るように集中していることが必要である。その為に、まずは全員がプロにならなければならない。
試合は、刻々とかつ激しく変化するため、なかなかフォローができないが、しかしその中で勝利のために自分が今何をするべき立場にあるのかを考え、指揮者の下(作戦や計画の下)、言われなくても実行していくことがプロの役目である。そんなチームは強い。
「自分だけ何とかよければ良い」という気持ちが強くなってくると、スタンドプレーが生まれ、他人に責任を転嫁していくことがまかり通るようになり、チームは敗北する。
企業のチームワークはこれと似た所がある。
個人技にたよる組織とチームが協力しあう組織とでは長期戦では後者が勝利する。
総合力を発揮せよ、協力して頑張れ、いつも言われるのだが、なぜか今一になってしまうことが多いのは何故か?組織に勝つことへの執念が衰えるときそれはより明瞭になる。
スポーツの世界にはまず「想定外」の出来事はない。
企業においても、裏分析をすすめているならば、「想定外」は起こりえない。
「想定外」を想定していくのが裏分析だからである。そのような組織にしていくのは、社員一人一人の自覚と決意以外にはない。
ところが、悲しいかな、人間は、いくつになっても、過ちや、ねたみや、嫉妬や、怒りから脱することができない。出家して深山渓谷に分け入って滝に打たれ、荒行をしても困難だというのが仏教の教えである。
「報連相(ほうれんそう)」という言葉がよく言われる。
「報連相」は根底から改善の出来ない人々からなる組織のために先人が考えだした経験的知恵だと思う。うまく活用していただきたい。
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
この言葉は、ラグビースピリットを表す言葉としてよく知られている。
(元々はアレクサンドル・デュマの名作「三銃士」に由来するという。)
ラグビーでは楕円型ボールを扱うので、落ちたボールはどちらに跳ねるのか分からないから面白い。上記の言葉はこのフォローに全員が無駄なく動いている状況を言うと私は思っている。
何のためかというと、チームの勝利のためである。All for OneのOneは個人のためというより一つの目的(すなわち勝利)という方がわかりやすい。(平尾誠二氏(元全日本監督)も同じことを言われていることを最近知った。)
勝利のためには、全員がボールのある状況を判断し、変化に対応出来るように集中していることが必要である。その為に、まずは全員がプロにならなければならない。
試合は、刻々とかつ激しく変化するため、なかなかフォローができないが、しかしその中で勝利のために自分が今何をするべき立場にあるのかを考え、指揮者の下(作戦や計画の下)、言われなくても実行していくことがプロの役目である。そんなチームは強い。
「自分だけ何とかよければ良い」という気持ちが強くなってくると、スタンドプレーが生まれ、他人に責任を転嫁していくことがまかり通るようになり、チームは敗北する。
企業のチームワークはこれと似た所がある。
個人技にたよる組織とチームが協力しあう組織とでは長期戦では後者が勝利する。
総合力を発揮せよ、協力して頑張れ、いつも言われるのだが、なぜか今一になってしまうことが多いのは何故か?組織に勝つことへの執念が衰えるときそれはより明瞭になる。
スポーツの世界にはまず「想定外」の出来事はない。
企業においても、裏分析をすすめているならば、「想定外」は起こりえない。
「想定外」を想定していくのが裏分析だからである。そのような組織にしていくのは、社員一人一人の自覚と決意以外にはない。
ところが、悲しいかな、人間は、いくつになっても、過ちや、ねたみや、嫉妬や、怒りから脱することができない。出家して深山渓谷に分け入って滝に打たれ、荒行をしても困難だというのが仏教の教えである。
「報連相(ほうれんそう)」という言葉がよく言われる。
「報連相」は根底から改善の出来ない人々からなる組織のために先人が考えだした経験的知恵だと思う。うまく活用していただきたい。
㈱アール・エム・アイ 江嵜 為丸
2012年11月13日火曜日
ハインリッヒの法則
皆様(特に、生産現場の方)はハインリッヒの法則をよく御存知だと思います。
1件の重大事故の陰には、29件の軽事故があり、さらにその陰には300件の赤チン災害(ヒヤリハット)があるというもの。(関連した研究には、バードの法則、タイ・ピアソンの結果などがある)
私が合繊製造会社の製造現場で働いていた時、労働安全の先生が来られ、初めてこの法則を教えて頂いた。当時小さな事故が多かったのでそれを減少することで中程度、さらには大きな事故を防ぐことが出来ると教えられ、「赤チン災害の撲滅」というスローガンを掲げて活動しました。若い人は赤チンといっても死語になっているかも知れませんが、私の世代では、ちょっとした怪我には赤チンをぬったものです。今はヒヤリハットといわれているようです。
ところが、最近になって、このヒヤリハット数が見かけ?減少しているにも関わらず、重大事故が起きるということがあって、一体どうしてだろうと考えてしまいました。
そして、気づいたことがあります。その一つはヒヤリハット活動のマニュアル化が行き過ぎてすこし形骸化しているのではないかということ。もう一つは、大きな事故は、小さい事故が重なったときに起きると私は考えていますが、そういう考え方への対応がなされていないのではないかということ。
ヒヤリハット活動がマニュアル的にされることは有用ですが、ともすればそれだけで十分という気持ちになり、結果として事故に関する感性が衰え、危険を見落としていく恐れがあります。
乱暴なことを言えば、いくらヒヤリハットが多くても、無関係な状況にあれば、大きな事故にはならないでしょう。大事なことは、ヒヤリハット的な事象の発生に根本的な問題が内在していないか、またこれらが悪い方に重なることはないか(事故が発生するとすればどんな時なのか)を考えるほうだと思います。
そして、そこに発生したヒヤリハット(小事故やトラブル、他社事例なも)を入れていくと、まだ幸いにも起こらずにすんでいる事故(将来起こるかもしれない潜在的な事故)を推測できる可能性があると考えます。
リスクマネジメントを研究する ㈱アール・エム・アイ 江嵜為丸
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